概要
地盤の隆起と大谷川の浸食でできた深さ約100メートルの峡谷。県の名勝で、10月下旬からの紅葉で知られる。
解説
鳴子峡(なるこきょう)は、宮城県大崎市鳴子温泉にある峡谷。栗駒国定公園内に位置し、宮城県の名勝に指定されている。 仙台弁の発音特性から「なるごきょう」と呼ばれることもある。 花渕山南山麓の中山平盆地と鳴子盆地の境界に位置し、大谷川の穿入曲流によって形成された。深さ80-100mの断崖が、長さ4kmにわたって続き、狭いところでは幅10mの典型的なV字谷、広いところでは幅100mのU字谷となる。 白色の石英粗面岩質凝灰角礫岩台地が侵食されて生じた奇岩に富み、立岩、衝立岩、獅子岩、仁王岩、虫喰岩、九曜岩、烏帽子岩、天柱岩などと呼ばれる。 鳴子峡の形成は最終氷期末の約1万年前以降に開始された。 鳴子峡を構成する、集塊岩および凝灰角礫岩を含む鳴子峡凝灰岩は、中山平盆地と鳴子盆地の境界に主に分布し、これを砂礫層や泥炭層等を含む中山平湖成層が不整合に覆っている。 大谷川が段丘面を形成した直後に、既存の流路を維持しつつ急速に下刻して、鳴子峡は形成された。付近一帯の隆起運動と鳴子峡を構成する凝灰岩の硬・軟部分が、中山平湖成層の堆積域と大谷川の流路及び下刻を支配してきたと考えられる。 明治期の温泉案内に具体的な記述はなく「立石」として絵図に描かれる。陸羽東線全通以降、大谷川上流の「立石の奇景」として紹介されはじめる。大谷渓谷とも称された。 1912年(大正元年):陸羽東線開設工事の現地測量や地質調査で人が入る様になる。 1917年(大正6年)11月1日:鳴子駅 - 羽前向町駅間を延伸開業し陸羽東線全通。 1927年(昭和2年):高野善兵衛、佐々木清一が私財を投じ、大谷川渓流沿いに延長約1,600mの探勝道路開設。 1929年(昭和4年):鳴子町が道を約1,400m延長。名称を「鳴子峡」と改める。 1931年(昭和6年):道を総延長3,500mに延長。 5月頃:高野善兵衛が発願者となり、末沢山洞川院峯州和尚を導師に迎え、沼井集落に祀られた馬頭観音を勧請し、大谷観音の称号を贈り祀る。 10月19日:史蹟名勝天然紀念物保存法(1950年廃止)に基づく文部省告示第288号により、鳴子峡が国指定第二類名勝に指定。 1933年(昭和8年)3月:大谷橋が竣工。 1955年(昭和30年):鳴子峡入口上部の河岸段丘、千貫森に鳴子公園が造成される。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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