概要
紀美野町と有田川町にまたがる県立自然公園。標高870メートルの山頂にススキの草原が広がる。
解説
生石高原(おいしこうげん)は、和歌山県の北部を東西方向に走る長峰山脈にある高原のことであり、生石ヶ峰(標高870,0m)を主峰としている。 和歌山県の北部を高野山から海南市方面へ延びる長峰山脈の一角をなしている高原である生石高原は、海草郡紀美野町中田と、有田郡有田川町生石にまたがる高原であり、生石ヶ峰(標高870m)を中心に隆起準平原の平面が続いている。その山頂一帯はススキで覆われた約13haの大草原となっている。春の新緑、秋のススキのシーズンは関西一円から、数多くの観光客が、その自然に触れることを目的に集まってくることでも知られている。また山頂からの眺望も非常に良いことも相まって、和歌山県内有数の行楽地となっている。とりわけ、ここから見た元旦の初日の出は美しいとされている。産業としては、山腹に国民宿舎があるなど観光振興がなされているほか、高原であることによる気候の特性を生かしてトマトやキュウリの抑制栽培も行われるなど農業も盛んである。高原一帯は生石高原県立自然公園に指定されている。 1973年(昭和48年)、生石高原の一角が「菱日開発」によって「生石高原スカイヴィラ」と名付けられ、「関西の軽井沢」と位置付けられて別荘地開発が行われた。当地が生石高原県立自然公園に指定された1975年(昭和50年)には『生石高原音頭/憧れの生石スカイヴィラ』というテーマソングまで製作され、作曲は『マロニエの木陰』で有名なキングレコード専属作曲家の細川潤一、レコードの題字は仮谷志良和歌山県知事が揮毫するなど、県を挙げたバックアップが行われた。なお、当時は「関西の軽井沢」という名目で関西各所に別荘地が建設されていた時代で(「日本列島改造論」を参照)、このような辺鄙な場所でも1970年代から1980年代後半(バブル時代)にかけて「狂乱地価」と呼ばれる非常な地価の高騰を見た。 しかし平成時代に入ると、空き別荘が廃屋化、草木が生い茂り、道が破損するなど管理会社による管理が行き届かない状態となった。そのため、2015年に地権者によって設立された「一般社団法人生石高原スカイヴィラ」が、別荘地の管理を行っている「生石高原観光管財」の全株式を取得し、地権者が皆で協力して木の伐採などの自主管理を行うようになった。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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