概要
ユネスコ無形文化遺産。漆で仕上げた14台の曳山が町を進む。
解説
唐津くんち(からつくんち)は、佐賀県唐津市にある唐津神社の秋季例大祭である。 また、平成28年にユネスコ無形文化遺産にも登録された。 乾漆で製作された巨大な曳山(ひきやま)が、笛・太鼓・鐘(かね)の囃子にあわせた曳子(ひきこ)たちの「エンヤ、エンヤ」「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声とともに、唐津市内の旧城下町を巡行する。 祭り期間中の人出は延べ50万人を超え、令和6年の祭りでは延べ64万人と過去最大の人数となった(唐津市の統計による)。昭和33年(1958年)に曳山14台が佐賀県の重要有形民俗文化財に、さらに昭和55年(1980年)には「唐津くんちの曳山行事」が国の重要無形民俗文化財に指定された。豪華な漆の工芸品の曳山は、現代の制作費に換算すると1~2億円に上るといわれている。 唐津神社の神職を務める戸川家の口碑によると、神輿の御神幸は寛文年間(1661年-1673年)に始まったとされる。今日の神幸行列のように曳山がこの祭りに登場するのは、一番曳山(いちばんやま)の「赤獅子(あかじし)」が文政2年(1819年)に奉納されてからのことである。以後、曳山は明治9年(1876年)までに15台が製作されているが、うち1台は消失し、今日奉納されているのは14台である。消失した曳山は紺屋町(この頃は 「こうやまち」 と読んだ。)が製作した【黒獅子】で、明治22年(1889年)が最後の巡行となった。この原因には諸説あり、宵宮に提灯の火がつき消火のために堀に落としたところ、損傷が激しいために廃棄したという説もある。しかし、その時代に現在のような宵曳山行事はなく、真相ははっきりしない。 本来の「くんち」は、唐津神社の縁起にあわせて旧暦9月29日の本祭(現在の本殿祭と神幸祭(御旅所神幸)とからなる)を中心として営まれていたが、暦制の変更に対応して、大正2年(1913年)には本祭が新暦10月29日に、町廻りが翌30日に変更された。10月28日に行われていた「前夜祭」(のちに「宵曳山」及びは「宵ヤマ」に名称変更)が正式行事に加わったのは昭和37年(1962年)からである。 さらに、週休制の浸透や外来の観光客の招致といった理由によって、昭和43年(1968年)には、本祭のうち本殿祭のみを10月29日に残して、神幸祭(御旅所神幸)は祝日である11月3日に変更された。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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指定:重要無形民俗文化財
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