【VILLAGE通信 vol.12】1925年に絶え、1977年に戻った
島根県
岡山から北へ。今回は、この連載で初めて、一度完全に途絶えた技術の話をします。
1925年、すべて止まった
島根県奥出雲。この地は、古代からたたら製鉄の中心でした。
砂鉄と木炋を炉に入れ、三日三晚、人が交代で風を送り続けて鉄をつくる。そこからしか得られないのが玉鋼です。
優れた玉鋼は、日本刀をつくるのに欠かせない材料です。そしてそれは、伝統的なたたら製鉄の技術でしかつくれません。
そのたたらが、1925年、すべての操業を停止しました。近代製鉄には量でもコストでも勝てなかった。
52年後の、再点火
そして1977年、日本美術刀剣保存協会によって「日刀保たたら」が設立され、玉鋼の生産が復活します。
理由は単純でした。玉鋼がなければ、日本刀がつくれない。全国の刀工が、材料を失ってしまう。
52年の空白を、記録と、わずかに残っていた証言と、試行錯誤で埋め直したことになります。
絶えたものは、戻せるのか
この連載を書いていて、もっとも手が止まったのがここです。
結論から言えば、戻せました。ただし、52年です。
もっと長ければ、もっと難しかったでしょう。実際に手を動かした人が一人もいなくなっていたら、再現はもっと困難だったはずです。
「いつでも戻せる」のではなく、「まだ間に合った」。その違いは大きいと思います。
奥出雲の「奥出雲たたらと刀剣館」では、この歴史と玉鋼を実際に見ることができます。
苔が生えることを、価値にする
島根には、もうひとつ好きな工芸があります。
出雲石燈ろうは、主に松江市の来待地区で採れる凝灰質砂岩(来待石)でつくられます。
愛好家に好まれる理由は、耐火性と手頃さ、そして——苔が生えやすく、古色がつくこと。
汚れにくいことを売りにするものが多いなかで、変わっていくことを価値にしている。
絶えた技術を戻した県と、変化を歓迎する石。同じ土地にあるのが、どこかふさわしいと思いました。
次号は、隣の鳥取へ。
参考:島根県庁「しまねの伝統工芸・工芸品一覧」「出雲石灯ろう」、島根県公式観光情報サイト「日刀保たたら」「奥出雲たたらと刀剣館」「しまね日本遺産(たたら)」
——Value Village編集部