概要
「えべっさん」。1月の十日戎には商売繁盛を願う人が集まる。商人の町の信仰がそのまま残っている。
解説
今宮戎神社(いまみやえびすじんじゃ)は、大阪市浪速区にある神社。大阪七福神の恵比寿を祀る。商売繁盛の神様「えべっさん」として知られ、毎年1月9日から11日にかけて十日戎(とおかえびす)が開催される。地元では単に「戎神社」と言えば当社のことを指す。旧社格は郷社で、現在は神社本庁の別表神社。 推古天皇8年(600年)、聖徳太子が四天王寺を建立する際にその西方の守護神として建立されたと伝えられている。 約170メートル北方に廣田神社 (大阪市) が鎮座しており、関係が深い。なお、兵庫県西宮市においても西宮神社の約2キロメートル北方に廣田神社が鎮座しており、距離は異なるものの同じような位置関係にある(西宮神社は廣田神社の境外摂社として「浜の南宮」などと呼ばれていた時期がある)。 また、京都市東山区の八坂神社は当社の起源を、八坂神社境内社の蛭子社(北向蛭子)を分祀し、八坂神社の氏子が当時は「名呉の浜」などと呼ばれていた今宮に移り住み、現在の地に祀ったことに始まるとしている。その縁起から、双方の神社は交流を続けている。1月8日の献茶祭では、八坂神社御神水奉納式が実施される。なお、今宮は禁裏の御厨に指定されていた漁村で、漁民は御厨子所供御人となっていたが、上洛の際に拝領した家屋が四条油小路にあり、ここが八坂神社の氏地だったことから八坂神社の神人にもなっていた。 慶長年間(1596年 - 1615年)に豊臣秀頼が片桐且元を普請奉行として、当社の社殿の造営を行っている。それと同時に18石の社領を寄進し、禁制札を下賜している。 江戸時代中期に十日戎の祭事が始まる。元禄年間(1688年 - 1704年)には現在と同じ形の十日戎の祭礼が行われるようになった。 1868年(明治元年)3月、神仏分離令が出される。1871年(明治4年)5月14日に社格制度が制定され、当社は郷社に列せられた。 1945年(昭和20年)3月13日・14日に行われた第1回大阪大空襲による大火災で社殿などが焼失する。 戦後に神社本庁の別表神社に加列されている。 1963年(昭和38年)1月には初詣の賽銭に1万円札が登場したことから、高度経済成長の象徴として話題を集めた。 2017年(平成29年)12月8日、祭りなどから暴力団を締め出す「暴力団排除規程」を制定。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:600年(伝) ご利益:商売繁盛、金運
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出典 imamiya-ebisu.jp ↗旅の前に知っておくこと
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