概要
男女一対を彫った道祖神が500体以上点在する。手をつなぐ、酒を酌み交わすなど、姿がそれぞれ違う。
解説
道祖神(どうそじん、どうそしん)は、村境、峠などの路傍にあって外来の疫病や悪霊を防ぐ神である。のちには縁結びの神、旅行安全の神、子どもと親しい神とされ、男根形の自然石、石に文字や像を刻んだものなどがある。 道祖神は、路傍の神である。集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で、村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。 厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するために村の守り神として主に道の辻に祀られている民間信仰の石仏であると考えられており、自然石・五輪塔もしくは石碑・石像等の形状である。中国では紀元前から祀られていた道の神「道祖」と、日本古来の邪悪をさえぎる「みちの神」が融合したものといわれる。北海道南西部から九州まで全国的に広く分布しているが、出雲神話の故郷である島根県には少ない。甲信越地方や関東地方に多く、中世まで遡り本小松石の産業が盛んな神奈川県真鶴町や、とりわけ道祖神が多いとされる長野県安曇野市では、文字碑と双体像に大別され、庚申塔・二十三夜塔とともに祀られている場合が多い(真鶴町と安曇野市は友好親善提携が結ばれている)。 各地で様々な呼び名が存在する。道陸神(どうろくじん)、賽の神、障の神、幸の神(さいのかみ、さえのかみ)、タムケノカミなど。秋田県湯沢市付近では「仁王さん」(におうさん)の名で呼ばれる。 道祖神の起源は不明であるが、『平安遺文』に収録される8世紀半ばの文書には地名・姓としての「道祖」が見られ、『続日本紀』天平勝宝8歳(756年)条には人名としての「道祖王」が見られる。 神名としての初見史料は10世紀半ばに編纂された『和名類聚抄』で、11世紀に編纂された『本朝法華験記』には「紀伊国美奈倍道祖神」(訓は不詳)の説話が記されており、『今昔物語集』にも同じ内容の説話が記され、「サイノカミ」と読ませている。平安時代の『和名抄』にも「道祖」という言葉が出てきており、そこでは「さへのかみ(塞の神)」という音があてられ、外部からの侵入者を防ぐ神であると考えられている。13世紀の『宇治拾遺物語』に至り「道祖神」を「だうそじん」と訓じている。後に松尾芭蕉の『奥の細道』の序文で書かれることで有名になる。しかし、芭蕉自身は道祖神のルーツには、何ら興味を示してはいない。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:江戸期 代表作・所蔵:双体道祖神500体以上、酒器を持つ像 ジャンル:彫刻
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。
みんなの投稿
行った人・住んでいる人からの訂正・体験談・営業時間・翻訳。確認のうえ掲載しています。
この場所について投稿する →同じ県の美術・工芸
訪問前の確認・参考資料
原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。
この県の工芸・名品
この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en
長野県の写真
この資料に関連する地域の参考写真です。掲載施設・商品の写真ではありません。
拡大 ↗
拡大 ↗長野県の Instagram 投稿(公式アカウントより)
この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。