概要
中国の三弦が琉球で三線になり、日本へ渡って三味線になった。棹の形に7つの型があり、それぞれ名を持つ。
解説
三線(さんしん)は、弦楽器の一種。日本の沖縄県全域、鹿児島県の奄美群島で主に用いられる。 中国福建省の弦楽器「三弦」を原型とする撥弦楽器である。 戦国時代の永禄年間、琉球王国を経由して日本本土に伝わり、三味線の起源の一つとなった。三線と比べて、本土の三味線は棹が長く、中国の三弦は棹の長さの割には胴が小さい。またオリジナルの中国の三弦も、江戸時代に長崎に来舶した中国人がもたらした清楽(しんがく)とともに、あらためて日本本土で定着した。三味線は猫や犬の皮を使ったので、中国の三弦は日本本土では俗称で「蛇皮線」とも呼ばれた。蛇皮線は、1894年に勃発した日清戦争をきっかけに清楽が衰退したことで、日本本土では姿を消した。 15世紀以降、琉球王国(現在の大東諸島を除いた沖縄県および鹿児島県奄美群島)で独自に発展した。福建省からは閩人三十六姓の来琉(1392年~)によりもたらされたとの見方もある。 三線は音を出す胴の部分に蛇(ニシキヘビ)の皮を張り、胴の尻から棹の先(天部)に向けて3本の弦を張り渡して、弦を弾いて鳴らす。主に単音でメロディ部分を演奏する。助数詞には「本」「棹/竿(さお)」「挺/丁(ちょう)」等を用いる。 沖縄県では楽譜は「工工四(くんくんしー)」という独特の記譜法を用いる。これは、中国の三弦楽譜「工六四」(くるるんしー、と沖縄で呼ばれる)が原点とみられる。 沖縄文化(琉球文化)を象徴する存在の一つとして知られる。かつては琉球王国領内において、宮中での琉球舞踊に用いる琉球古典音楽や、士族や農民たちが歌う民謡(沖縄民謡や奄美民謡)のために男性が三線を弾いた。琉球王府は、美術工芸品を製作する貝摺(かいずり)奉の下に三線職人を抱えていた。 今日では古典音楽や民謡の他、ポップスやクラブミュージックなど様々なジャンルで用いられ、演奏するアーティストも沖縄音楽や沖縄文化圏に留まらない。 沖縄県は近代以降移民が盛んになったため、日本本土に移り住む人やハワイ、南米のブラジルやボリビアなど海外移民先の沖縄人コミュニティーを通して、沖縄圏外にも広まった。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:1400年代 代表作・所蔵:蛇皮を張った胴、黒木の棹 ジャンル:工芸・陶芸
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