概要
市内に100を超える獅子舞が残る。獅子頭の彫りと彩色が集落ごとに違い、比べると系統が見える。
解説
獅子舞(ししまい、中国語: 舞狮、拼音: wǔshī、英: Lion dance)とは、東アジアおよび東南アジアでみられる伝統芸能の一つ。頭に獅子頭(ししがしら)を付けて衣装を身にまとい、祭囃子にあわせて獅子が舞い踊るものである。 獅子は本来はライオンのことで、世界各地において神や王などが強さを示すため、都城や寺院の門、墓所などに写実的な獅子像を置いた。その後、獅子像の文化はインドから東南アジアや東北アジアに広まったが、これらの地域にはライオンは生息しておらず写実性を失い、石工の想像力や鑿の技術、石や木などの素材の違いによって地域ごとに変容が見られるようになった。 獅子舞も中国、東南アジア、沖縄、日本本土で形態は大きく異なる。中国北部から日本本土や沖縄に伝わった獅子頭の多くは木製であるが、中国南部から東南アジアに伝わった獅子頭は竹の骨組に布張りしたものである。 中国の獅子舞には北方の系統と南方の系統があるが、いずれも一般的に2人組で肩車を取り入れるなど動作が激しく、ドラや太鼓を大きく打ち鳴らすものが多い。また、中国では獅子頭は犬または猫を模したもので、衣装も着ぐるみの形態が多く、沖縄の獅子舞も衣装は着ぐるみの形態が多い(ただし沖縄では伴奏にドラムを用いる)。 一方、日本の獅子舞は着ぐるみではなく薄い油単をまとい、動作は優雅で(肩車が取り入れられる例は珍しい)、伴奏にも鉦、太鼓、笛などの軽妙な音曲を用いる。 日本の獅子舞の獅子頭は、鹿や猪、熊などを模したものもあるが、ほとんどが想像上の動物を象っている。 「シシ」とは古語では食用の肉のほかイノシシ、カノシシなど獣一般を指し、地域ごとに神や信仰と結びつけて考えられていた。『日本書紀』には弘計王が鹿の角を奉じて舞った記述があり、日本には後述する「一人立の獅子舞」が「二人立の獅子舞」の到来以前から存在した。推古天皇20年(612年)に中国から日本に伎楽が伝えられたが、その演目の中に唐獅子の舞があり、当時は帥子と表記していた。帥子舞は舞場の邪気を祓う舞として伎楽の最初に演じられ、天平19年(747年)に提出された『法隆寺伽藍縁起并流記資材帳』では伎楽の道具の中には、五色の毛を植えた帥子頭と胴幕を持つ二人立の獅子が記されている。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建・開館:江戸期 代表作・所蔵:集落ごとの獅子頭、天狗の面 ジャンル:彫刻、民藝
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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