本文へ移動
日本国内の地域・文化・観光資料 / 営業日や料金などは掲載元の最新情報をご確認ください。

Value Village

富士高砂酒造

静岡県 · · 食・市場

富士高砂酒造 / 富士高砂酒造

この資料を保存・計画
AI旅程を考える
富士高砂酒造
写真:Ennui / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO富士高砂酒造

富士宮の富士高砂酒造。富士山の伏流水で仕込む。

WHERE静岡県

静岡県

CHECK BEFORE YOU GO訪問前に確認

営業日、料金、予約、撮影可否、季節条件は公式情報で確認してください。

Instagram で見る

この場所の名前のハッシュタグ。押すと Instagram のタグ一覧が新しいタブで開きます。

概要

富士宮の富士高砂酒造。富士山の伏流水で仕込む。

解説

富士高砂酒造株式会社(ふじたかさごしゅぞうかぶしきがいしゃ)は、静岡県富士宮市にある日本酒の酒造メーカー。超軟水である富士山の伏流水を使った酒造りをしている。 日野商人(近江商人の一部)である初代山中正吉が天保元年(1830年)に富士郡大宮町(現・富士宮市)で興したことから始まる蔵元である。名を山中正吉商店と言い、屋号は「中屋」とした。山中正吉はそれ以前にも文政年間(1818年~1830年)に天間村(現・富士市)にて酒造業を始めるが失敗し、店舗を閉鎖している。東海道を行商中に吉原宿にて助けた病人が能登杜氏であり、意気投合し天間に創業したという言い伝えがある。 それ以来能登杜氏との関係は続き、山中正吉商店は能登杜氏によって受け継がれていた。メディア等で「能登杜氏四天王」と呼ばれる四者のうち、農口尚彦と中三郎氏が過去在籍していた。現在はそれを受け継いだ地元の杜氏が活躍している。高砂酒造の建築でも薬師蔵と弐号蔵は古く、百数十年以上前の建築が残されている。 二代目正吉は明治26年(1893年)に同町阿幸地欠畑に欠畑酒店を創業し、サイダーやラムネの飲料部を設けたという。二代目の時代に廃仏毀釈から逃れた富士山の下山仏を祀るようになったといい、その菩薩立像は現在も高砂酒造の薬師蔵にて保管されている。薬師蔵は元は壱号蔵と呼ばれていたが、菩薩立像が祀られていたことから薬師蔵と呼ぶようになった。この菩薩立像は薬師堂にあったと伝わるもので、銘文から享保4年(1719年)に江戸神田の鋳物師により制作され奉納されたものであることが分かっている。高砂酒造には菩薩像五体の他に薬師如来三躯が祀られている。 1929年(昭和4年)には山中正吉商店から、小笠郡横須賀町(現・掛川市横須賀)の蔵が山中酒造(現・遠州山中酒造)として分離独立した。1955年(昭和30年)、五代目正吉の時代に株式会社山中正吉商店となった。 六代目・七代目正吉の1997年(平成9年)に富士高砂酒造株式会社となった。2010年度(平成22年度)には店舗兼事務所が第2回富士宮市景観賞で最優秀賞を受賞した。2015年(平成27年)3月26日、店舗兼事務所が富士宮市景観重要建造物(第1号)に指定された。店舗兼事務所は明治初期に磐田市にあった農家住宅を移築したものである。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

分野:日本酒・富士山伏流水

出典 hellonavi.jp ↗出典 pref.shizuoka.jp ↗

公式サイト

最新の営業時間・料金・休業日は公式サイトで確認してください。

公式サイトを開く ↗

出典 fuji-takasago.com ↗

旅の前に知っておくこと

世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。

みんなの投稿

行った人・住んでいる人からの訂正・体験談・営業時間・翻訳。確認のうえ掲載しています。

この場所について投稿する →

同じ県の食・市場

この分類をすべて見る

訪問前の確認・参考資料

原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。

情報確認日:2026-09-03

この県の工芸・名品

工芸・ものづくり特産品・お土産

この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。

静岡県の Instagram 投稿(公式アカウントより)

この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。