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草薙剣

愛知県 · 名古屋市 · 神社・寺

Kusanagi no Tsurugi / 草薙剑

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草薙剣
写真:菊竹若狭 (Kikutake Wakasa) / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO草薙剣

三種の神器のひとつ。熱田神宮のご神体で、公開されない。

WHERE愛知県

尾張 · 名古屋市

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概要

三種の神器のひとつ。熱田神宮のご神体で、公開されない。

解説

天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、あまのむらくものつるぎ、あめのむらぐものつるぎ、あまのむらぐものつるぎ)は、三種の神器の一つ。 草薙剣(くさなぎのつるぎ)、草那藝之大刀(くさなぎのたち)とも言われる。熱田神宮にある本体と、皇居にある形代の2つがある。 天叢雲剣は草薙剣とも言われ、三種の神器の一つ(八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙剣)。 三種の神器の中では天皇の持つ武力の象徴であるとされる。 日本神話において、スサノオが出雲国でヤマタノオロチ(八岐大蛇)を退治した時に、大蛇の体内(尾)から見つかった神剣である。八岐大蛇退治に至る経緯と、神剣の名称については『古事記』『日本書紀』で複数の異伝がある。 スサノオは、八岐大蛇由来の神剣を高天原のアマテラスに献上した。 続いて天孫降臨に際し他の神器と共にニニギノミコトに託され、地上に降りた。 崇神天皇の時代に天叢雲剣の形代が造られ、形代は宮中(天皇の側)に残り、本来の神剣は笠縫宮を経由して、伊勢神宮に移されたという。 景行天皇の時代、伊勢神宮のヤマトヒメノミコトは、東征に向かうヤマトタケルに神剣(天叢雲剣/草薙剣)を託す。ヤマトタケルの死後、天叢雲剣は神宮に戻ることなくミヤズヒメ(ヤマトタケル妻)と尾張氏が尾張国で祀り続けた。これが名古屋・熱田神宮の起源である。熱田の御神体として本体の天叢雲剣が祀られている。 一方、形代の天叢雲剣は、源平合戦の頃にはすでに存在していたものの、本体が熱田に移った「直後に」作られたという記録がある訳でもなく、いつ頃どういう経緯で作られたものか明らかでない。治承・寿永の乱(源平合戦)の最中、安徳天皇(第81代天皇)を奉じた平家により、他の神器とともに西国へ落ち、源氏方に擁立された後鳥羽天皇(第82代天皇)は三種の神器がないまま即位する。平氏滅亡後、神璽と神鏡は確保できたが、神剣は壇ノ浦の戦いにより関門海峡に沈み、失われた。その後、朝廷は伊勢神宮より献上された剣を「天叢雲剣」とした。神剣の喪失により、様々な伝説・神話が生まれることとなった(中世神話)。 南北朝時代、北朝陣営・南朝陣営とも三種の神器(神剣を含む)の所持を主張して正統性を争い、この混乱は後小松天皇(第100代天皇)における南北朝合一まで続いた(明徳の和約)。現在、神剣(形代)は宮中に祀られている。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

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出典 ja.wikipedia.org ↗

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