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笠寺観音(笠覆寺)

愛知県 · 名古屋市 · 神社・寺

Kasadera Kannon / 笠寺观音(笠覆寺)

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笠寺観音(笠覆寺)
写真:Tomio344456 / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO笠寺観音(笠覆寺)

尾張四観音のひとつ。笠をかけた娘が城主に見初められた伝説。

WHERE愛知県

尾張 · 名古屋市

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概要

尾張四観音のひとつ。笠をかけた娘が城主に見初められた伝説。

解説

笠覆寺(りゅうふくじ)は、愛知県名古屋市南区笠寺町字上新町83番地にある十一面観音を本尊とする真言宗智山派の寺院。山号は天林山。一般には笠寺観音(かさでらかんのん)の通称で知られる。尾張四観音の一つで、その他尾張三十三観音、名古屋二十一大師やなごや七福神などの霊場の札所である。 寺伝によれば、天平5年(733年、一部文書には天平8年 - 736年)、僧・善光(または禅光)が呼続の浜辺に打ち上げられた、夜な夜な不思議な光を放つ霊木を以て十一面観音像を彫り、現在の南区粕畠町にその像を祀る天林山小松寺を建立したのが始まりであるという。 その後約200年を経て堂宇は朽ち、観音像は雨露にさらされるがままになっていた。ある時、旅の途中で通りかかった藤原兼平(藤原基経の子、875年 - 935年)が、雨の日にこの観音像を笠で覆った鳴海家長・太郎成高の家に仕える娘を見初め、都へ連れ帰り玉照姫と名付け妻とした。延長8年(930年)この縁で兼平と姫により現在の場所に観音像を祀る寺が建立され、笠で覆う寺、即ち笠覆寺と名付けられたという。笠寺の通称・地名等もこの寺院名に由来する。 鎌倉時代には塔頭寺院が派生し、僧・阿願によって境内には鐘楼が造られ、尾張三名鐘に数えられる梵鐘が鋳造された。この鐘は建長3年(1251年)の銘があり、愛知県の有形文化財に指定されているが、大晦日には除夜の鐘として参拝者も撞くことができる。 境内南側には旧東海道が通っており、江戸時代には旅の安全も祈願されたという。明治時代初期の廃仏毀釈その他の影響で一時期荒廃が進むが、昭和時代に住職らの努力で隆盛を取り戻し、現在に至っている。厄よけや藤原兼平と玉照姫の故事にちなんで、縁結びを祈る参拝者も多い。 尾張三十三観音、名古屋二十一大師の札所であり、また昭和30年頃には名古屋市観光協会の後援により大名古屋十二支恵当寺で巳年の護り本尊の普賢菩薩の霊場になり、昭和62年にはなごや七福神の恵比寿の霊場になった。 2018年より2022年にかけて、本堂の改修や諸堂の新築を含む大々的な再整備が行われた。戦後、政識和尚によって行われた大改修以来の大規模工事とされる。 2月の節分会には豆まき祈祷が行われ、前夜に行われる前夜祭とともに参拝者や出店で賑わう。 毎月18日の観音の縁日には、祈祷が行われる。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:733年(伝) ご利益:縁結び

出典 ja.wikipedia.org ↗

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