概要
全国の津島神社・天王社の総本社。疫病を鎮める信仰で、尾張津島天王祭は国の重要無形民俗文化財。
解説
津島神社(つしまじんじゃ)は、愛知県津島市にある神社。八坂神社とともに牛頭天王信仰の二大社として知られる。神階は正一位。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁包括の別表神社。 旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁包括の別表神社。 建速須佐之男命を主祭神とし、大穴牟遅命(大国主)を相殿に祀る。伝承では欽明天皇元年(540年)の創建とされる。実際の創建時期ははっきりしないが、12世紀の文献に現れ、鎌倉時代から室町時代にかけての鉄灯籠や梵鐘の銘には社名が刻まれている。近世以前は牛頭天王を祭神として祀る神社として知られた。 近世には織田氏や豊臣氏の庇護を受けて社殿造営等の寄進を受けた。さらに尾張藩からも神領所有の特権を得るとともに、津島神社の川祭りで寄進米などを受ける特権が与えられた。 当社は東海地方を中心に全国に約3千社ある津島神社・天王社の総本社であり、その信仰を津島信仰という。津島神社が諸国に勢力を拡大した背景には、御札を配って祈祷を行う津島御師の活動が大きく、織田信長は御師の布教活動を保護し、尾張藩もこの保護政策を継承して他領での布教活動に許可を与えた。 明治の神仏分離令までは「津島牛頭天王社」とも称された。 津島社(後の津島神社)は律令制下の尾張国海部郡に位置する。式外社であるため、正確な成立時期は不明である。伝承では欽明天皇元年(540年)の創建とされる。津島神社所蔵の天文9年(1540年書写の『牛頭天王講式』によると、日本に渡った牛頭天王は孝霊天皇の代に対馬から西国に渡来し、欽明天皇の代に四神相応の霊地として尾張国海部郡門真荘津島に垂迹したという。飛鳥京跡から「尾張海評津嶋五十戸」と墨書された木簡が出土しているため、7世紀後半には既に「津嶋」という名の里(五十戸)が存在していたようである。 先述のように『延喜式神名帳』には記載されていない式外社で国史にも現れない。津田正生をはじめとする江戸期の学者は当社が『延喜式神名帳』に記載のある海部郡「国玉神社」のこととする説に言及しているが、確定的な根拠はない。年代が明確な史料としては、名古屋七寺所蔵の一切経のうち承安5年(1175年)の正月から七月までに書写された『大般若経』巻末の摺写勧請文に「津島社」の記載があるのが初出である。
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出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:540年(伝) 指定:重要文化財 系統:{'name': '津島・天王社', 'count': '約3,000社'} ご利益:厄除け
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