概要
白山への美濃側の登拝口。杉の巨木が立ち並ぶ。
解説
白山中居神社(はくさんちゅうきょじんじゃ)は、岐阜県郡上市白鳥町石徹白に鎮座する神社である。 白山神社の一つであり、白山信仰と関わりが深い。白山信仰の美濃国からの道は、白山中宮長滝寺(現在の長滝白山神社、長瀧寺)から、越前国の白山中居神社をとおり、白山へと向かっている。 白山美濃禅定道における長瀧白山神社・洲原神社とともに白山信仰の中心である。 鎮座地は石徹白川左岸、支流である宮川との合流部に位置し、参道に橋が懸けられている。 伊弉諾尊 (いざなぎのみこと) 伊弉冉尊 (いざなみのみこと) 大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ) - 新嘗社 磐長媛神(いわながひめのかみ) - 皇祖美社 素戔嗚尊(すさのおのみこと) - 須賀神社 大己貴命(おおなむちのみこと) - 地造神社 猿田彦命(さるたひこのみこと) - 道祖神社 石徹白には9000年前より人々が住み着き、縄文時代より境内にある磐境に国常立尊の降神を仰ぎ、原始的な古神道の祭祀が斎行されていたとされる。 言い伝えでは、景行天皇12年(82年)の創祀で、雄略天皇9年(465年)に勅使を遣わし護国鎮護のために剣を奉納したと伝えられている。 景行天皇の御代 武比古が山中にて神霊より「吾が皇御孫に奉ろわぬ心悪しき賊、四方に興る。吾今此舟岡へ天下りて皇御孫を守護す。坐し吾を長く奉るべし。吾が留まる宮は舟岡の真中、朝日唯射す山、夕日輝く山と山とのあいなり、瀧と瀧とのあいなり。」と神託を受ける。 景行天皇12年(82年)正月十二日 神託の通り舟岡中居の地を平らげて宮殿を造り、同年六月十五日 大神を神殿に奉斎する。神殿は縦横7尺(約2m10cm)高さ2丈1尺(約6m30cm)と伝わる。 景行天皇40年(110年)日本武尊が東夷御征伐の折、吉備武彦とともに越の国を巡察した際、石徹白に立ち寄り中居神社の神霊に封し奉る。 仁徳天皇4年(316年)天下に疫病が流行し、鎮護のため出雲の地に鎮座し賜わる素戔嗚尊、杵築大己貴命の二柱の神を石徹白に遷し祭る(現在の境内須賀神社、地造神社)。 雄略天皇9年(465年)新嘗祭の節、大臣平群眞鳥を遣わし幣帛を奉る、このとき護国鎮護のために剣を奉納する。大臣大途見彦命、大途見根彦命とともに中居神社に向かい祭祀を執り行う。大途見彦命は伊野原宿禰というため、祭祀をしたこの地を伊野原と名付ける。。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:景行朝(伝) ご利益:山岳信仰
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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