本文へ移動
日本国内の地域・文化・観光資料 / 営業日や料金などは掲載元の最新情報をご確認ください。

Value Village

伊佐爾波神社

愛媛県 · 松山市 · 神社・寺

Isaniwa Jinja / 伊佐尔波神社

この資料を保存・計画
地図で見る →AI旅程を考える
伊佐爾波神社
写真:Saigen Jiro / Public domain · 出典 ↗
WHAT TO DO伊佐爾波神社

八幡造の社殿は、宇佐神宮・石清水八幡宮と並ぶ全国三例のひとつとされる。道後の高台に建つ。

WHERE愛媛県

中予 · 松山市

CHECK BEFORE YOU GO訪問前に確認

営業日、料金、予約、撮影可否、季節条件は公式情報で確認してください。

Instagram で見る

この場所の名前のハッシュタグ。押すと Instagram のタグ一覧が新しいタブで開きます。

概要

八幡造の社殿は、宇佐神宮・石清水八幡宮と並ぶ全国三例のひとつとされる。道後の高台に建つ。

解説

伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)は、愛媛県松山市にある神社。式内社で、旧社格は県社。神紋は「左三つ巴」。 別称として「湯月八幡」・「道後八幡」とも呼ばれる。 松山市市街地の西部、道後温泉近くの道後山の東南端に鎮座する。もとは道後公園のある場所にあったが、建武年間に河野通盛によって湯築城構築のため現在地に移された。 現存する社殿は寛文7年(1667年)に松山藩主松平定長によって造営された。この社殿は日本三大八幡造りとされ、国の重要文化財の指定を受けている。このほか、重要文化財の太刀(銘 国行)が伝えられている。 譽田別尊 (ほんだわけのみこと) - 応神天皇に同じ 足仲彦尊 (たらしなかつひこのみこと) - 仲哀天皇に同じ 氣長足姫尊 (おきながたらしひめのみこと) - 神功皇后に同じ 三柱姫大神 - 宗像三女神に同じ。以下の3柱を指す 市杵島姫尊 (いちきしまひめのみこと) 湍津姫尊 (たぎつひめのみこと) 田心姫命 (たぎりひめのみこと) 東照大神 (東照大権現) - 徳川家康に同じ 社伝によれば、仲哀天皇と神功皇后が道後温泉に来湯した際の行宮跡に創建されたという。旧鎮座地は「伊佐爾波岡」と呼ばれていた。 平安時代中期の『延喜式神名帳』には「伊予国温泉郡 伊佐尓波神社」と記載され、式内社に列している。神仏習合の時代には、宝厳寺と石手寺は、共に伊佐爾波神社の別当寺であったとされる。 伊予国守護・河野氏による湯築城の築城に際し、現在の地に移転した。当社は湯築城の守護神として河野氏から崇敬されたほか、道後七郡(野間・風速・和気・温泉・久米・伊予・浮穴の各郡)の総守護とされた。 松山藩の藩主となった加藤嘉明は、松山城の固めとして松山八社八幡を定め、当社は「湯月八幡宮」として一番社とされた。また武運長久の祈願社として、社領に久米郡井合の土地100石を寄進した。 寛文2年(1661年)、弓の名手といわれた三代藩主松平定長は、将軍家より江戸城内において弓の競射を命じられた際、湯月八幡宮へ必中祈願をした。寛文4年(1664年)6月、定長は、将軍家の御前で弓を無事に射ることができ、祈願成就の御礼として社殿の造替に着手した。 寛文7年(1667年)5月15日、大工697人、延べ人数69,017人を要し新社殿が完成。松平家より代参として家老竹内家が参拝し、遷宮式が挙行された。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

基本データ

創建:不詳(古代) 指定:重要文化財 ご利益:勝運、厄除け

出典 ja.wikipedia.org ↗

公式サイト

最新の営業時間・料金・休業日は公式サイトで確認してください。

公式サイトを開く ↗

出典 isaniwa.official.jp ↗

旅の前に知っておくこと

世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。

同じ場所の別の資料

同じ県の神社・寺

この分類をすべて見る

訪問前の確認・参考資料

原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。

この県の工芸・名品

工芸・ものづくり特産品・お土産

この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en / zh

愛媛県の Instagram 投稿(公式アカウントより)

この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。