概要
かつて八十の坊を擁した。いまは茅葺きの集落が残る。
解説
八塔寺(はっとうじ)は、岡山県備前市吉永町加賀美にある天台宗の寺院。山号は照鏡山、本尊は十一面観音。 JR山陽本線吉永駅から八塔寺川に添って上がると、備前、播磨、美作の3か国にまたがる海抜539メートルの八塔寺に至る(八塔寺山麓)。元来は聖武天皇の時代、僧道鏡の開基と伝えられる古刹で、住時は山岳仏教の中心地として名を成した土地である。盛時には八院六四僧坊や十三重塔など仏塔が建てられたとされる聖地であった。ところが永正14年(1517年)、浦上村宗の兵火にかかり堂塔伽藍はほとんど焼失し、さらに天正19年(1591年)には寺領が召し上げられるなど、寺は荒廃した。やがて、寛文3年(1663年)池田綱政によって、本堂・三重塔・鐘樓・山王社・本社拝殿などが整えられた。昭和49年(1974年)には県下で初めて、山上全体が、八塔寺ふるさと村として登録され、保存・整備が行われている。周辺は1978年(昭和53年)3月28日に郷土自然保護地域(八塔寺地域)に指定された。 「八塔寺」という寺号は、江戸期以降は1つの寺院の名称になっている。しかし、「八塔寺」の名が「ふるさと村」の名称に使われていることからもわかるように、本来は、吉永町加賀美の小字名と同義である(和気郡八塔寺村、加賀美村八塔寺、三国村加賀美、和気郡吉永町加賀美)。本項では寺院の「八塔寺」を中心に、備前市吉永町加賀美八塔寺全体の歴史、信仰、文化財について触れる。 728年 – 聖武天皇より聖勅を受けた弓削道鏡法印の開山により創建された。なお、この頃山王宮(現在の日吉神社)も建立と伝えられている。 1184年 – 梶原景時が、八塔寺の方一里内に於て悪党狩人杣人の入ること禁止の制札を下付した(以後数度にわたり制札下付があった) 1184年6月 – 源頼朝の命により、梶原景時が宝寿院の伽藍僧坊を再建し源氏の祈願所とした(上記同様に矢田の長楽寺、鳥坂の妙徳寺も再建の上祈願所とした)(十三重塔七堂伽藍僧坊72坊 備陽国志) 1221年3月7日 – 後鳥羽上皇隠岐御遷幸 配流の途中八塔寺を経られた(石碑有) 1302年9月13日夜 – 常照院炎上(院主円能律師) 1388年2月17日 – 常照院が炎上 1388年6月12日 – 足利義満の下知写に美作国八塔寺と記されている
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
出典 ja.wikipedia.org ↗基本データ
創建:728年(伝) ご利益:山岳信仰
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
世界の質問箱から、この資料に関係する疑問を3つ。
みんなの投稿
行った人・住んでいる人からの訂正・体験談・営業時間・翻訳。確認のうえ掲載しています。
この場所について投稿する →同じ県の神社・寺
訪問前の確認・参考資料
原資料を掲載しています。営業時間、見学可否、料金、交通は最新の公式情報で確認してください。
この県の工芸・名品
この記述はValue Villageが公開情報をもとに自分で書き起こしたものです。転載はしていません。 対応言語:ja / en / zh
岡山県の写真
この資料に関連する地域の参考写真です。掲載施設・商品の写真ではありません。
拡大 ↗
拡大 ↗岡山県の Instagram 投稿(公式アカウントより)
この場所に結びついた投稿はまだありません。県の公式アカウントの投稿を毎分入れ替えて表示しています。