概要
弁慶が修行したと伝わる。紅葉の名所で、出雲の山岳信仰を伝える。
解説
鰐淵寺(がくえんじ)は、島根県出雲市別所町にある天台宗の寺院。山号は浮浪山。中国観音霊場第25番札所、出雲観音霊場第3番札所。以前は出雲國神仏霊場第2番札所でもあった。開山は智春上人、本尊は千手観世音菩薩と薬師如来の2体。寺の周辺は宍道湖北山県立自然公園西部地区に指定されている。 伝承では推古天皇2年(594年)、信濃の智春上人が当地の浮浪の滝に祈って推古天皇の眼疾が平癒したことから、同天皇の勅願寺として建立されたという。寺号の鰐淵寺は、智春上人が浮浪の滝のほとりで修行を行っている際に誤って滝壺に落とした仏器を、鰐がその鰓(えら)に引っ掛けて奉げたとの言い伝えから生じた。ここで言う「鰐」はワニザメを指すと言われる。なお、出雲市東林木町(ひがしはやしぎちょう)の万福寺(大寺薬師)も同様に推古天皇2年、智春の開山を伝えている。以上はあくまでも伝承であり、創建の正確な時期や事情は明らかでない。鰐淵寺の所在する島根県や隣の鳥取県は修験道・蔵王信仰の盛んな土地であり、当寺も浮浪の滝を中心とした修験行場として発展したものと思われる。浮浪の滝は鰐淵寺の入口から渓流を500メートルほどさかのぼった地点にある。水量は少なく、滝壺の奥には蔵王堂が建つ。 後白河法皇の『梁塵秘抄』に収録された今様に「出雲の鰐淵や日の御碕」と歌われており、平安時代末期頃には修験行場としても発展し日本全国に知られるようになったものと思われる。 平安時代以降、鰐淵寺は比叡山延暦寺との関係を深め、特に比叡山東塔の無動寺谷と関係が深かった。伝承では円仁(慈覚大師)が出雲地方を訪れた際に、鰐淵寺は天台宗に転じたという。寺に残る経筒には仁平元年から3年(1151年 - 1153年)にかけて書写した法華経を「鰐淵山金剛蔵王窟」に安置したとの銘があり、この頃には法華経信仰も行われていたことがわかる。「金剛蔵王窟」とは前述の浮浪の滝の滝壺を指すと思われる。 平安時代末期までの鰐淵寺は現在地のやや西寄りの唐川にあった。これに林木(はやしぎ、現出雲市内)の別の寺院(薬師如来を本尊とする)が吸収された。以後、鰐淵寺は千手観音を本尊とする「北院」と薬師如来を本尊とする「南院」に分かれることになる。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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創建:594年(伝) ご利益:厄除け
出典 ja.wikipedia.org ↗旅の前に知っておくこと
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