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別小江神社

愛知県 · 名古屋市 · 文化・歴史

Wakeoe Shrine / 別小江神社

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別小江神社
写真:Bariston / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO別小江神社

名古屋市北区にある神社。平安期の延喜式に名が載る古社。

WHERE愛知県

名古屋市

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概要

名古屋市北区にある神社。平安期の延喜式に名が載る古社。

解説

別小江神社(わけおえじんじゃ)は、愛知県名古屋市北区安井四丁目に鎮座する神社。『延喜式神名帳』の尾張国山田郡「別小江神社」に比定されているが、後述するように異説もある。 江戸期まで六所大明神と称しており、春日井郡安井村の氏神であった。江戸前期の『寛文村々覚書』には「安井村...六所大明神...前々除」とある。当時は稲垣家が神主であった。創始年月は不詳。元は現在より北東の千本杉と称する所に鎮座しており天正12年(1584年)に織田信雄の命により現在地に遷座したという説があるが、一方で境内に千本杉の枯木跡があることから社殿は古くから現在地周辺にあったという説もある。慶長年間の備前検地により社領を一部失ったという。明治初年に「別小江神社」と改称した。1945年(昭和20年)の空襲で焼失したが、1966年(昭和41年)に再興している。 当社に合祀されている八幡社は「延奈八幡」「延喜八幡」とも称され、もとから境内にあったという。社伝によれば天智天皇の時代に千本杉に創建されたが、永正17年(1520年)の洪水で大破したという。これを天正11年(1583年)に浅野又左衛門長勝が社殿を再建したといい、この時の棟札には「天正十一年癸未八月十四日 奉勧請八幡御社 祠官稲垣宇太夫藤原安雄敬白 右八幡宮源氏後胤浅野彌正長政公甥浅野八郎左衛門建立」と書かれているという。ただし江戸期の地誌には、この八幡社について記述はない。八幡社は大正9年(1920年)に別小江神社の境内神社として正式に合祀された。 『延喜式神名帳』の山田郡「別小江神社」は、『尾張国内神名帳』にある山田郡「大江天神」と同一である。江戸期の時点でこの神社の所在は不明になっており、『尾張神名帳集説乃訂考』は「此みやしろ今は在所をしらず。後人なほ考べし」とし、『尾張志』も「別小江神社 延喜神名式に見えて今在所詳ならず」としている。しかし『特選神名牒』により、別小江神社が安井村の六所明神(当社)に比定された。 このように『特選神名牒』は、安井村周辺に「大江葭山」という地名があることや浅野勝行の免状文を根拠に当社を別小江神社に比定した。しかし後者の古文書には信憑性を疑問視する説もある。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

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