概要
名古屋市大須にある寄席。芝居小屋の並んだ土地の伝統を引き継ぐ。
解説
大須演芸場(おおすえんげいじょう)は、愛知県名古屋市中区大須二丁目にある寄席・劇場。大須観音のすぐそばにある。中京圏で唯一の寄席として知られる。 落語や色物などを上演する常設の寄席である。木造の2階建てで1階は椅子、2階は座敷席となっている。戦後の名古屋でほぼ唯一の常打ちの寄席だった。名古屋に限らず中京地区唯一の寄席で、落語・漫才・手品・浪曲などの演芸や、年2回のロック歌舞伎スーパー一座による公演が行われ、大須大道町人祭の会場としても使われていた。ビートたけしや明石家さんまらがまだ売れない駆け出し時代に出演している。客が少ないことでも有名で、客が1人しかいない中で上演されることもあった。 常に経営難で、大須演芸場の苦境を知って、古今亭志ん朝が独演会を開いて応援するなど、救いの手をさしのべる人々によって閉鎖の危機を乗り越えたことでも知られる。 2015年9月22日一般社団法人としてリニューアル開場し、毎月1日-7日の上席のみ寄席を開催し、残りの8日-末日は貸席として演芸に関する催し物、地域住民のためのイベント、各種企業セミナー会場などとしても利用が可能。新装開場当初は定席は10日間であったが、2019年6月より7日間に短縮した。2025年現在演芸場の代表理事は岡嶋昇一、支配人は矢崎通也。 座席数は2014年までは1階:約150席、2階:約80席の計250席だったが、2015年の再オープン後は1階:131席、2階:48席の計179席に減少した。2階席最前列は、手すりが高い位置に一本追加となった。2階席は畳敷きに座イスが置かれており、靴を脱いでの入場となる。 舞台上手には出演者の名前の書かれた板をはめこんで掲示する回転式の見出しがあるが、2015年以降は用いられず、現在の定席では舞台下手にめくり台を置き、橘右太治による寄席文字のめくりが使われている。 前身は大正期から同地とその南側までの1区画にあった映画と演劇の中規模劇場だった港座である。戦後の1947年(昭和22年)に営業を再開するとストリップ劇場になり、1957年(昭和32年)には邦画の上映館となり、最後は再びストリップ劇場の港ミュージックとなっていた。ストリップの合間にはコントが上演されていた。この港座時代にショーやコントの台本を書くスタッフとして住み込みで働いていた中には後に脚本家となる山田信夫がいた。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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