概要
長岡市にある公園。約2,500本の桜があり、市民から「お山」と呼ばれる。
解説
悠久山公園(ゆうきゅうざんこうえん)は、新潟県長岡市に所在する悠久山に設置された都市公園である。 大正6年(1917年)、長岡開府300年祭挙行を機会に公園化を決定し、蒼柴神社社地2万坪と令終会(宝田石油社長の山田又七ら60歳以上の市民有志により長岡の将来のために結成された会)の寄付5万坪を寄付されて大正8年(1919年)に開園した。 悠久山には、蒼柴神社の祭神で長岡藩3代目藩主の牧野忠辰が桜を愛好したことにちなみ、開園以前から多数の桜が植えられており、春を迎えると満開になる。この桜は千本桜とも呼ばれる。 2020年度から5カ年計画による再整備が始まり、老木化した桜の植え替え、トイレや散策路のリニューアルが行われた。2022年度からは石碑周辺の整備が行われる。 1968年(昭和43年)に開館。建物の形は城を形どっているが、長岡城本丸があったのは現在の長岡駅の場所である。 1951年、長岡市立科学博物館の「生き物の生態展示」の一環として開園。ニホンザル(サル山)、コハクチョウなどを飼育している他、2008年からはトキの分散飼育事業の一環で、近縁種のクロトキの飼育を手掛けている。 園内には長岡に関連する碑が数多くある(長岡市発行の悠久山散策MAPに位置といわれの記述あり)。 長岡藩刀隊・槍隊の碑(戊辰刀隊戦没諸士碣銘碑、戊辰槍隊戦没諸士碣碑) 福島甲子三の碑 ‐ 福島甲子三(1858-1940)は長岡出身の実業家。長岡藩の下級武士・鬼頭少山の子で、渡辺廉吉の東京の家に寄宿して外国語を学んだのち、福島家の養子となり、千葉県庁、東京府庁の役人を経て東京水力電気支配人、東京瓦斯支配人、同取締役、川崎瓦斯取締役、水戸瓦斯社長を歴任の傍ら、私立日本女子美術学校を経営再建して東京市へ寄贈、その後宝田石油、京城電気、青島洋行、日仏シトロエン自動車などの役員を務めた。兄にニューヨーク副領事やバンクーバー領事代理を務めた鬼頭悌二郎、叔父に八丁沖で河井継之助を助けた鬼頭熊次郎がいる。 河井継之助の碑(故長岡藩総督河井君碑) 長岡市悠久山プール(2023年3月31日閉鎖) ダイエープロビスフェニックスプール このほか、1951年から1978年まで悠久山公園の一郭に長岡市立科学博物館が所在した…
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