概要
鶴岡市の海沿いにある温泉。開湯千年とされ、砂浜が約1キロ続く。
解説
湯野浜温泉(ゆのはまおんせん)とは、山形県鶴岡市湯野浜(旧出羽国、明治以降は羽前国)にある日本海に面した温泉である。 同じ山形の上山温泉、会津の東山温泉とともに奥羽三楽郷に数えられた。 泉質:ナトリウム・カルシウム - 塩化物泉(湯野浜1〜5号)、単純温泉(湯野浜6号) 色は無色透明。飲泉所もある。 泉温:40 - 63 ℃(湯野浜1〜6号) 日本海に面し、沈む夕日を眺めることができる湯船、新鮮な魚介類の料理を名物とする温泉宿が多い。夏場は、海水浴客でも賑わう。共同浴場は2軒ある(上区共同浴場、下区共同浴場)。温泉街には食事処や居酒屋、スナックがそれぞれ複数ある。 海岸には「波乗り発祥の地」のモニュメントがある。また、温泉街では冬季を除き朝市が開催される。 近くに鶴岡市立加茂水族館がある。 天喜年間(11世紀)に開湯。付近の漁夫が海辺で亀が温浴しているのを見て発見したと伝えられている。 天保年間には藩から湯役銭の納付が命ぜられ、正式な藩指定の温泉場となった。この頃には「上の湯」「下の湯」と十数軒の宿屋があった(内湯なし)。温泉街は村の中央を流れる旭川以南に形成され、以北は半農半漁の集落であった。諸国温泉功能鑑には、庄内田川湯(湯田川温泉)、庄内温海湯(あつみ温泉)とともに庄内湯ノ浜湯として記載されている。 明治初期には県令の三島通庸が好んで滞在した。明治10年代の絵には、風波を防ぐ葦簀が張り巡らされた様子が描かれている。また、明治30年代の大火後の絵図には3階建の旅館が多く描かれている。 もともと内湯がなく共同浴場に足を運ぶ様式の温泉街であったが大正期からは相次いで内湯が設けられた。1922年(大正11年)に亀屋が掘削に成功したのを皮切りに各宿が相次いで自家源泉の掘削を行い、内湯が増えていった。1922年には上区と下区にあった共同浴場が鉄筋コンクリート造に建て替えられた。 昭和初期には横光利一や川端康成が訪れた。 1929年から1975年までは、私鉄の庄内交通湯野浜線が湯野浜の中心地と鶴岡駅を結んでいた。かつて湯野浜温泉駅であった場所は現在、湯野浜コミュニティセンター・湯野浜温泉下区公衆浴場・観光案内所・バス待合所を併設した湯野浜振興センターとなっている。線路跡はサイクリングロードとなっている。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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泉質 ナトリウム、カルシウム・塩化物温泉 効能 慢性胃腸病、切り傷、慢性皮膚病、神経痛、火傷、慢性夫人病など
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