概要
製塩と酒で栄えた。「安芸の小京都」。
解説
竹原市(たけはらし)は、広島県の市。古くから瀬戸内の交通の要衝として発展した。室町時代より港町として知られ、江戸時代後期は製塩業で栄えた。「安芸の小京都」と呼ばれる。1982年にはたけはら町並み保存地区が「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、2000年には「都市景観100選」に選定された。 広島県の南中部に位置する。市街地は、JR竹原駅を中心として扇状に広がる官公庁・商業地区、港を中心とした港湾・工業地区、文化財が集中する寺院等を含む町並み保存地区に大別される。また、市の特産物であるタケノコなどの産地である小吹地区などに分類される。たけはらケーブルネットワークがある。 ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候(Cfa)に属する。 瀬戸内海式気候の特徴が強い。 墾田永年私財法により、京都・下鴨神社の荘園地として開墾されたのが最初とされるが、名前の由来は、「竹の原」なのか或いは荘園管理者が「竹原氏」であったからかに分かれている。戦国時代には、毛利元就三男隆景が、小早川氏の養子として竹原で幼少期を過ごしている。江戸時代後期の「塩田」と「酒造」により発展し、忠海町には関所払いができたほどである。また、塩はその当時広島県が全国の80%のシェアを占め、遠く大阪や江戸まで北前船で輸送した。 1930年(昭和5年)、高崎町の阿波島周辺の「スナメリクジラ回遊海面」が天然記念物に指定されている。これは1960年代までスズキなどの魚をスナメリを目印に釣る伝統漁法によって指定されたものである。しかし保護指定にもかかわらず、スナメリは減少し、現在この漁は行われていない。なお、この関連施設として宮島水族館が指定されており、スナメリも飼育されている。 かつては12村27通りで竹原村と下野村とを区切り、1町16村で成り立っていた。 1952年(昭和27年)4月1日 - 賀茂郡竹原町・下野村が合併し竹原町(2代)が発足。このときには16村のうち8村ほどを事前統合済みである。 1954年(昭和29年)3月31日 - 東北部に当たる賀茂郡東野村と東部の豊田郡大乗村、及び南方村字立石等の区域のうち一部を編入。 1955年(昭和30年)3月31日 - 賀茂郡荘野村、豊田郡田万里村と合併。 1956年(昭和31年)4月1日 - 賀茂郡・豊田郡の郡域再編(詳細は各郡の記事を参照)により同日付で豊田郡の所属となる。
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