概要
宝満山のふもと。縁を結ぶ社として若い参拝者が絶えない。
解説
竈門神社(かまどじんじゃ)は、福岡県太宰府市にある神社。式内社(名神大社)。旧社格は官幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。別称を「宝満宮」「竈門宮」とも。 太宰府市東北に立つ宝満山に所在する神社で、社殿は次の2ヶ所に形成されている。 上宮 - 宝満山山頂(標高829.6メートル)。 下宮 - 宝満山山麓。 かつては山腹に中宮もあったが、明治に廃絶している。 宝満山は大宰府の鬼門(東北)の位置にあることから、当社は「大宰府鎮護の神」として崇敬された。平安時代以降は神仏習合が進み、当社と一体化した神宮寺の大山寺(だいせんじ、竈門山寺・有智山寺とも)は、西国の天台宗寺院では代表的な存在であった。また、宝満山には英彦山(ひこさん)とともに修験道の有数の道場が形成されたが、明治期にこれらの仏教施設は廃された。しかしながら、今なお福岡県下には当社から勧請された約40社の神社があり、現在も宝満山に対する信仰・縁むすび信仰により崇拝されている神社である。 文化財としては、当社社地を含む宝満山一体が国の史跡に指定されている。また、木造狛犬や宝満山山岳信仰関係資料307点が福岡県の文化財に指定されている。 当社は大宰府東北方の宝満山(ほうまんざん、標高829.6メートル)に鎮座するが、この宝満山は古くは「御笠山(みかさやま)」「竈門山(かまどやま)」と称されていた。うち「御笠山」の山名は、笠のような山容に由来する古いものといわれ、古くは神体山として信仰されたともいわれる。 もう1つの山名「竈門山」は、筑前国の歌枕としても多く詠み込まれている。当社社伝である鎌倉時代後期の『竈門宝満大菩薩記』では、元は「仏頭山」「御笠山」と称されていたが、神功皇后の出産の時にこの山に竈門を立てたことに由来すると伝える。一方『筑前国続風土記』では、山の形がかまど(竈)に似ており、煮炊きの様子を示すかのように雲霧が絶えないことに由来するとする。そのほか、大宰府鎮護のためカマド神を祀ったとする説、九合目付近の「竈門岩」に由来するという説がある。 現在の「宝満山」の山名は、神仏習合に伴って祭神を「宝満大菩薩」と称したことによるとされ、その初見は13世紀末頃の古文書まで下る。 玉依姫命 (たまよりひめのみこと) 神功皇后 (じんぐうこうごう) 応神天皇 (おうじんてんのう) - 第15代。神功皇后皇子。
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創建:673年 ご利益:縁結び
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