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建中寺

愛知県 · 名古屋市 · 文化・歴史

Kenchoji Temple / 建中寺

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建中寺
写真:Tomio344456 / CC BY-SA 4.0 · 出典 ↗
WHAT TO DO建中寺

名古屋市にある寺。尾張藩初代藩主義直の菩提を弔うために建てられた。

WHERE愛知県

名古屋市

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概要

名古屋市にある寺。尾張藩初代藩主義直の菩提を弔うために建てられた。

解説

建中寺(けんちゅうじ)は、愛知県名古屋市東区筒井にある浄土宗の寺院。山号は徳興山。本尊は阿弥陀如来。江戸時代を通じて代々の尾張藩主の廟が置かれていた。 慶安4年(1651年)に第2代尾張藩主徳川光友が、父である初代藩主徳川義直の菩提を弔う為に、また、尾張徳川家代々の菩提寺として尾張藩全ての人々の心のよりどころとする為に、下総国結城の弘経寺住持であった成誉廓呑上人を開山として義直の位牌を祀る本堂などが建立された。創建当時は周囲は石垣と堀で囲まれ、4万8千坪(158,400平方メートル)の境内に多くの堂が立ち並ぶ規模を誇った。境内の東側には大きな松林があり、鬼門の方角は京都御所の「猿が辻」のように凹ませてあった。江戸時代を通じて無本寺(別格本山)として、塔頭寺院と末寺も多数有していた。 慶安5年(1652年)、総門、三門、塔頭などが完成する。元禄13年(1700年)、第3代藩主徳川綱誠の廟と御霊屋(建中寺では「ごれいや」と呼ぶ)が建立される。元禄14年(1701年)、第2代藩主徳川光友の廟と御霊屋が建立される。正徳3年(1713年)、第4代藩主徳川吉通の廟と御霊屋が建立される。正徳4年(1714年)、第5代藩主徳川五郎太の廟と御霊屋が建立される。享保16年(1731年)、第6代藩主徳川継友の廟が建立される。宝暦12年(1762年)、第8代藩主徳川宗勝の廟が建立される。明和2年(1765年)、第7代藩主徳川宗春の廟が建立される。 天明5年(1785年)、大曽根の大火が発生した際、火のついた布団が本堂の屋根に乗って本堂が炎上してしまい、第5代藩主徳川五郎太の御霊屋、総門、三門を除いて5つの御霊屋と多くの堂が焼失する。天明6年(1786年)から翌天明7年(1787年)にかけて第9代藩主徳川宗睦と第19世辨及喚阿が中興させた。それまで無かった初代藩主義直の御霊屋を含めて新たに4棟の御霊屋が建立されたが、その際五郎太の御霊屋が徳川光友室千代姫(霊仙院)の御霊屋に改装されている。 寛政12年(1800年)、第9代藩主徳川宗睦の廟が建立される。天保10年(1839年)、第11代藩主徳川斉温の廟が建立される。弘化2年(1845年)、第12代藩主徳川斉荘の廟が建立される。嘉永2年(1849年)、第13代藩主徳川慶臧の廟が建立される。

出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)

出典 ja.wikipedia.org ↗

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