概要
人魚の肉を食べて八百歳まで生きたという、八百比丘尼の伝説が残る洞。
解説
八百比丘尼(やおびくに)は、日本の伝説上の人物。特別なもの(人魚の肉など)を食べたことで不老長寿を獲得した比丘尼である。福井県小浜市と福島県会津地方でははっぴゃくびくに、栃木県栃木市西方町真名子ではおびくに、その他の地域ではやおびくにと呼ばれることが多い。 中山太郎、堀一郎、柳田国男らの調査によると、八百比丘尼にまつわる伝説は北海道、南九州、沖縄を除くほぼ全国に分布している。 柳田の研究をもとにさらに具体的に調査した高橋晴美によると、その伝説は全国28都県89区市町村121ヶ所にわたって分布しており、伝承数は166に及ぶ(石川・福井・埼玉・岐阜・愛知に多い)。白比丘尼(しらびくに)とも呼ばれる。800歳まで生きたが、その姿は17~18歳の様に若々しかったといわれている。地方により伝説の細かな部分は異なるが大筋では以下の通りである。 栃木市西方町真名子の男丸集落は、後の八百比丘尼になるとされる「八重姫」が産まれた場所との伝説があり、「おびくにさま」として親しまれている。現存する八百比丘尼堂には、尼になった自らの姿を彫り、生まれ故郷真名子に送ったとされる「八百比丘尼尊像」が安置され、また、同敷地内には八重姫が八百年経ったのを知らず、若いままの自分の姿が映り驚愕したという「姿見の池」が残っている。現在でも命日とされる旧暦の8月25日に、地域の人達で供養を行い伝説を偲んでいる。 前橋市下増田町で庚申待(農業の神をまつり夜食を共にする)が行われていた。近くの広瀬川の“龍宮”という所から、珍しい魚を持った客がやってきて庚申待に加わった。一人の村人が客に断りもなくそれを食べてしまうと、身勝手を責められ村を去る。去り際、松の小木を植える。年月を経て村に帰ってきたが、知っている者は誰もいない。あの時の松の木を切って年輪を数えたら800年が経っていた。この地は比丘尼台と呼ばれるようになった。 比丘尼台の近くに尼僧が住んでいたこともある。近くの尼が池という所で行をしていた。“竜宮で貰った何か”を食べ、800歳まで生きた。彼女は八百比丘尼と呼ばれた、といもの。
出典:Wikipedia(CC BY-SA 4.0)
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