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VILLAGE通信 vol.24 三重県
伊勢形紙、着物の柄を生む小さな彫刻

이 기사의 본문은 일본어입니다.

今回から近畿編。1回目は三重県です。三重県には伊賀焼や四日市萬古焼、伊賀くみひも、鈴鹿墨といった国の伝統的工芸品がありますが、今回は鈴鹿市で作られる「伊勢形紙(いせかたがみ)」を訪ねます。表紙の写真は、鈴鹿市白子(しろこ)にある伊勢型紙資料館。三重県によると、屈指の型紙問屋だった寺尾斎兵衛家の江戸時代末期の住宅を修復した建物で、鈴鹿市の史跡にもなっています。

着物を染めるための「道具」

伊勢形紙は、着物や浴衣の生地に柄を染めるための型紙です。型紙を生地に当てて防染の糊を置き、糊のない部分だけが染まることで、細かな模様が布に写し出されます。三重県は「本来の伊勢型紙の用途は着物の柄を染めること」と説明しています。和紙を柿渋で貼り合わせた丈夫な型地紙に、職人が小刀で図案を彫り抜いていきます。

型紙彫りには大きく4つの技法があり、図案によって使い分けます。三重県によると、1つの技法で「研修生」から「研修者」になるまでに5年を要し、1種類の型紙を仕上げるのに約1か月かかることもあります。その技術は国の重要無形文化財に指定され、1993年(平成5年)には伊勢型紙技術保存会が保持団体に認定されました。1983年(昭和58年)4月27日には、通商産業大臣(現在の経済産業大臣)から伝統的工芸品(用具)に指定されています。

紀州藩の後ろ盾で全国へ

伊勢型紙の起源ははっきりしませんが、伊勢形紙協同組合によると、産地の白子・寺家(じけ)は1619年(元和5年)に紀州藩の領地となり、藩の保護を受けて大きく発展しました。武士の裃(かみしも)を染める小紋の柄がどんどん細かくなるのに合わせて、彫りの技も磨かれていきます。型紙を売る商人たちは藩の後ろ盾のもとで株仲間をつくり、全国を行商して伊勢型紙の名を広めました。1753年(宝暦3年)には138人の型売り商人が株仲間として公認され、1823年(文政6年)には寺家・白子の両村に208人の型彫り職人がいたと記録されています。

要点
・着物や浴衣の柄を染めるための型紙で、産地は鈴鹿市の白子・寺家など
・江戸時代、紀州藩の保護を受けた型売り商人が全国へ広めた
・彫りの技術は国の重要無形文化財、1993年に伊勢型紙技術保存会が保持団体に
・1983年に国の伝統的工芸品(用具)に指定

海を渡った型紙と、もうひとつのジャポニスム

型紙は、海の向こうでも思わぬ役割を果たしました。国立美術館の資料によると、19世紀後半、江戸から明治へと時代が移り変わるころ、日本の型紙はヨーロッパを中心に大量に海外へ渡りました。その文様は現地の画家や工芸家、デザイナーに影響を与え、浮世絵に次ぐ「もうひとつのジャポニスム」とも呼ばれています。2012年には三重県立美術館が、型紙とジャポニスムに焦点を当てた「KATAGAMI Style」展を開き、欧米の近代美術とのつながりを紹介しました。

着物を日常に着る人が減り、染めの技術も変わったことで、型紙の需要は少なくなりました。それでも産地では、2014年から伊勢形紙協同組合が後継者の育成事業を続けています。近年は型紙そのものの美しさを生かした額装やあかり、インテリアの品も作られています。白子の伊勢型紙資料館や鈴鹿市伝統産業会館では、道具や作品を間近に見ることができ、細かな線や点がびっしりと並ぶ型紙を光にかざすと、その細やかさに驚かされます。

前回は愛知県の有松・鳴海絞でした。VILLAGE通信 vol.23 愛知県はこちら。三重県の見どころは47都道府県ガイドの三重県編からどうぞ。次回は滋賀県を訪ねます。

参考:三重県(伊勢型紙、伊勢型紙資料館)、伊勢形紙協同組合「伊勢型紙の歴史」、国立美術館、三重県立美術館「KATAGAMI Style」展、経済産業省「伝統的工芸品」指定品目一覧、伝統的工芸品産業振興協会

——Value Village編集部