
VILLAGE通信 vol.25 滋賀県
信楽焼、古琵琶湖の土が育てた焼き物
The text of this article is in Japanese.
近畿編の2回目は滋賀県です。滋賀県には彦根仏壇や近江上布といった国の伝統的工芸品もありますが、今回は県の南端、甲賀市信楽町(しがらきちょう)で作られる「信楽焼」を訪ねます。表紙の写真は、信楽の町並みで塀の上からこちらを見下ろすたぬきの置物。町を歩くと、窯元の軒先や道ばたのあちこちで、大小さまざまなたぬきが出迎えてくれます。
古琵琶湖の土から始まった
滋賀県によると、信楽焼は鎌倉時代、古琵琶湖の粘土層の土を使って、すり鉢や甕(かめ)などが焼かれるようになったのが始まりとされています。信楽の土は、はるか昔、このあたりにあった古い琵琶湖の底にたまった地層からとれるもので、焼くと赤みを帯びた「火色(ひいろ)」が出たり、窯の中で灰がかかってできる自然釉や、土に含まれる長石の粒が白く浮かぶ表情が生まれたりします。
その後、茶の湯が広まると茶人に好まれる茶陶が作られ、時代ごとの暮らしの求めに応じて茶壺や火鉢、タイルなどへと品目を広げてきました。甲賀市の資料によると、明治から昭和30年代までは火鉢の生産が盛んでした。1976年(昭和51年)、通商産業大臣(現在の経済産業大臣)から国の伝統的工芸品に指定されています。
たぬきが町の顔になるまで
信楽焼と聞いて、多くの人が思い浮かべるのがたぬきの置物でしょう。滋賀県の広報によると、1951年(昭和26年)に昭和天皇が信楽を訪れた際、沿道に日の丸の小旗を持ったたくさんのたぬきの置物が並べられ、天皇がそれを見て歌を詠まれたといいます。このできごとをきっかけに、信楽のたぬきは全国に知られるようになりました。
たぬきは「他を抜く」に通じる縁起物として、商売繁盛を願って店先に置かれることが多い置物です。信楽町観光協会は11月8日を「信楽たぬきの日」と定め、日本記念日協会に登録しています。この記事が公開される11月の初めは、ちょうどたぬきの季節というわけです。
要点
・鎌倉時代、古琵琶湖の粘土層の土ですり鉢や甕を焼いたのが始まりとされる
・1976年に国の伝統的工芸品に指定、2017年には「日本六古窯」として日本遺産に
・1951年の昭和天皇の訪問をきっかけに、たぬきの置物が全国に知られた
・滋賀県立陶芸の森は1992年から60の国と地域、延べ1,500人超の作り手を受け入れてきた
六古窯から、世界の作り手が集う町へ
2017年(平成29年)、信楽は瀬戸・常滑・丹波・備前・越前とともに、中世から現代まで焼き物づくりが続く「日本六古窯」として日本遺産に認定されました。滋賀県によると、信楽焼の生産額は1992年度(平成4年度)の約160億円をピークに、2015年度(平成27年度)には約35億円と、20年余りで約5分の1に減っています。そのなかで産地は、陶板やタイル、庭に置く焼き物など、大きなものを焼ける技術を生かした新しい品づくりにも取り組んでいます。
信楽には、世界との確かな接点もあります。町の丘に建つ滋賀県立陶芸の森は、1992年(平成4年)の開館以来、創作研修館で国内外の陶芸家や美術家を受け入れてきました。2026年度の募集案内によると、その数は60の国と地域、延べ1,500人を超えます。世界各地から来た作り手が信楽の土と窯で作品を焼き、地元の職人と交流することで、古い産地に新しい風が吹き込まれています。窯元散策路を歩けば、山の斜面に築かれた登り窯にも出会えます。
前回は三重県の伊勢形紙でした。VILLAGE通信 vol.24 三重県はこちら。滋賀県の見どころは47都道府県ガイドの滋賀県編からどうぞ。次回は京都府を訪ねます。
参考:滋賀県(知事談話「世界に誇る信楽焼の技術とその可能性」、広報レポート「信楽たぬきの日」)、甲賀市、文化庁「日本遺産」、滋賀県立陶芸の森(2026年度ゲスト・アーティスト募集要項)、経済産業省「伝統的工芸品」指定品目一覧、伝統的工芸品産業振興協会
——Value Village編集部
写真:663highland/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)




