
VILLAGE通信 vol.26 京都府
西陣織、応仁の乱の陣跡で織られる錦
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近畿編の3回目は京都府です。京都府には京友禅、清水焼(京焼・清水焼)、京指物など、国の伝統的工芸品が全国でも特に多く集まっていますが、今回は京都市の北西部、上京区・北区を中心とする西陣(にしじん)で織られる「西陣織」を訪ねます。表紙の写真は、上京区の西陣織会館に並ぶ手機(てばた)。木の枠に張られた無数の経糸(たていと)のあいだを緯糸(よこいと)が行き来して、一段ずつ模様が織り上がっていきます。
「西の陣」から生まれた名前
京都府によると、京都の絹織物は、平安時代より前に渡来した秦氏(はたうじ)の織りの技術によって盛んになり、宮廷文化を中心に発展してきました。「西陣」という名前は、室町時代の応仁の乱(1467〜1477年)に由来します。西軍の大将・山名宗全がこの地に陣を構えたことから、乱のあと戻ってきた織工たちが集まって織物を始めた一帯が「西陣」と呼ばれ、そこで織られる織物が「西陣織」と呼ばれるようになりました。
西陣織は、先に糸を染めてから模様を織り出す「先染めの紋織物」の総称です。帯や着物を中心に、多くの品種を少しずつ作るのが特徴で、国の伝統的工芸品として指定されているものだけでも、綴(つづれ)、錦、緞子(どんす)、紹巴(しょうは)、本しぼ織など12品種があります。企画・図案から糸染め、整経(せいけい)、機(はた)ごしらえ、製織まで、工程ごとに専門の職人が分業で仕上げてきました。1976年(昭和51年)、通商産業大臣(現在の経済産業大臣)から国の伝統的工芸品に指定されています。
要点
・地名は応仁の乱で西軍の山名宗全が陣を構えたことに由来
・先に染めた糸で模様を織り出す「先染めの紋織物」、国指定だけで12品種
・明治の初め、京都府が職人3人をフランス・リヨンに派遣し、ジャカード織機を持ち帰った
・1976年に国の伝統的工芸品に指定
リヨンへ渡った3人の職人
西陣織の歴史には、世界との劇的な接点があります。明治維新で都が東京へ移り、京都の町と西陣は大きな打撃を受けました。そこで京都府は、絹織物の本場フランス・リヨンに、西陣の織工・佐倉常七、井上伊兵衛、吉田忠七の3人を派遣します。在フランス日本大使館の資料では、派遣は1872年(明治5年)のことです。
3人はリヨンで、穴をあけた紋紙で経糸の上げ下げを自動で操る「ジャカード」などの洋式の織りの技術を学びました。吉田忠七は帰国の途中、乗っていた船が座礁して命を落としましたが、先に帰国した佐倉と井上がジャカード織機を持ち帰り、西陣の技術は大きく生まれ変わります。京都府も、西陣織が「フランスからジャカードなどの洋式技術を取り入れ」て技術改良を重ねてきたと紹介しています。遠いリヨンの絹の町と京都の西陣は、いまも織物の歴史を語るうえで欠かせない縁で結ばれています。
小さくなった市場と、これから
西陣織の出荷額は、京都府がまとめた西陣織工業組合の調査で、ピーク時の約3,207億円から2013年(平成25年)には約342億円と、89.3%減っています。京都府は近年の資料で、生産量がピーク時の4%以下にまで縮小し、後継者不足や高齢化による廃業が進んでいると指摘しています。そのなかで府は、西陣織と京友禅、丹後の織物を一体で盛り立てる「世界的なシルクテキスタイル産地」づくりに取り組み、産地でもインテリアやファッション小物など、帯の外へ広がる挑戦が続いています。
西陣織会館では、手機の実演や着物の展示を見ることができ、路地を歩けば、いまも機の音が聞こえてくる家に出会えるかもしれません。
前回は滋賀県の信楽焼でした。VILLAGE通信 vol.25 滋賀県はこちら。京都府の見どころは47都道府県ガイドの京都府編からどうぞ。次回は大阪府を訪ねます。
参考:京都府(京都府の伝統的工芸品「西陣織」、伝統産業に関する資料・政策提案)、西陣織工業組合、在フランス日本国大使館、経済産業省「伝統的工芸品」指定品目一覧、伝統的工芸品産業振興協会
——Value Village編集部
写真:POHAN CHEN/CC BY 2.0(Wikimedia Commons)




