
【VILLAGE通信 vol.10】化粧筆の生産量、全国一
広島県
沖縄から中国地方へ。今回は、化粧品を扱う私たちにとって、どうしても避けて通れない町の話です。
広島県安芸郡熊野町
熊野筆は、1975年(昭和50年)に広島県内で初めて国の伝統的工芸品に指定されました。
現在、毛筆・画筆・化粧筆のいずれも、全国一の生産量を誇ります。
この一行の意味を、化粧品を扱う人間として書いておきたいと思います。
あなたが今使っているファンデーションブラシやチークブラシの、かなりの確率で、この町が関わっています。国内ブランドだけではありません。世界的なラグジュアリーブランドの筆も、ここでつくられています。
冬の、出稼ぎから始まった
起源は、やはり貴族的なものではありません。
江戸時代、熊野は農業だけでは生活が苦しかった土地でした。そこで村の人たちは、農閑期に奈良県や和歌山県へ出稼ぎに行きました。
その帰り道で、現地の筆や墨を仕入れ、売りながら帰ってくる。これがきっかけでした。
そして1834年、佐々木為次が兵庫県有馬で筆づくりを学んで熊野に帰り、村人に教えました。そこから、町全体に広がっていきます。
売る側から、つくる側へ
この順番が面白いと思いませんか。
熊野の人たちは、最初は「売る人」でした。よその土地の筆を仕入れて売っていた。
売っているうちに、どんな筆が求められるかが見えてくる。やがて、自分たちでつくる側に回った。
そして今、売り歩いていた町が、世界中のブランドから名指しされる産地になっています。
私たちは、今どこにいるのか
Value Villageは、今は「売る側」です。
良いものを見つけて、届ける。熊野の人たちが最初にやっていたことと、ほぼ同じです。
ただし彼らは、売るだけで終わらなかった。売るなかで得た「こういうものが求められている」という知見を、ものづくりに戻した。それが190年後の日本一につながっています。
売ることを、伝えることの終点にしない。熊野の190年は、そう教えてくれます。
次号は、福山の隣・岡山へ。
参考:広島県庁「熊野筆」「徹底解剖!ひろしまラボ」、熊野町「伝統的工芸品『熊野筆』」「熊野の筆づくりの歴史」、伝統的工芸品産業振興協会
——Value Village編集部
写真:Shinta/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)




