
【VILLAGE通信 vol.34】23品目、日本でいちばん多い
東京都
関東に入ります。まずは東京都。
東京都の国指定伝統的工芸品は23品目。都道府県別でもっとも多い数です。
京都が17(vol.22)、新潟が17(vol.33)。上位三つは、性格がまるで違います。
京都は朝廷と寺社の注文で増えました。新潟は雪で増えました。では、東京は何で増えたのか。
大名ではなく、町人
江戸は、日本で初めて「町人が、自分のお金で物を買う」規模になった都市です。
石川(vol.31)では、藩が工芸に投資しつづけたと書きました。あちらの客は大名です。
江戸の客は、商人と職人と役者と釣り人でした。だから、できるものの性格が違います。
幕府は何度も贅沢禁止令を出しました。そのたびに、表から見えないところに手をかける方向へ進んでいきます。裏地に凝った羽織、遠目には無地に見える小紋。
東京の工芸に「地味だが手が込んでいる」ものが多いのは、このせいです。
江戸切子は、1834年から
江戸切子は、1834年(天保5年)に江戸のガラス商・加賀屋久兵衛が、ガラスの表面に砂で彫刻を施したのが始まりとされます。
魚子、矢来、菊繋ぎ、麻の葉——文様の名前は、どれも着物などにあった柄です。ガラスという新しい素材に、既存の意匠をのせた。
江戸硝子は切子と別に指定されています。こちらは吹いて形をつくる側。富山の銅(vol.32)と新潟の銅(vol.33)が鋳造と鍛金で分かれていたのと同じです。形をつくる人と、模様をつける人は別の職。
島の、黄色い絹
本場黄八丈は、八丈島で織られる絹織物です。
色はすべて島に自生する植物から取ります。コブナグサの黄、マダミの茶(樺)、シイの黒。
そして定着に使うのは島の椿の灰と泥。染料も媒染剤も、島の外から何も持ち込まないで成立しています。
東京都という行政区のなかに、これほど都心と違う工芸がある。島しょという隔たりは、長野の山(vol.28)と同じ働きをします。
浮世絵を、だれが刷ったのか
江戸木版画は、浮世絵をつくる技術そのものです。
大事なのは、これが三人一組の仕事だったということです。絵師・彫師・摺師。そこに版元(プロデューサー)がつきます。
北斎や広重の名前は残りましたが、彫った人と刷った人の名前はほとんど残っていません。
滋賀の彦根仏壇(vol.21)も七つの職の分業でした。分業は、品質を上げるかわりに、作り手の名前を消します。
よくある質問
Q. なぜ東京の工芸には「江戸」と「東京」の両方があるのですか。
A. おおむね、江戸時代から続くものに「江戸」、明治以降に整ったものや地域を示すものに「東京」が使われる傾向があります。ただし厳密な規則ではありません。
Q. 23品目はすべて都内でつくられていますか。
A. 多摩地域(村山大島紬・多摩織)や八丈島(本場黄八丈)など、都心以外の産地も含まれます。
次号は神奈川へ。
参考:東京都、東京都伝統工芸品連合会、八丈町、武蔵村山市、伝統的工芸品産業振興協会
——Value Village編集部




