
【VILLAGE通信 vol.40】西の西陣、東の桐生
群馬県
群馬県の国指定は桐生織と伊勢崎絣の2品目。どちらも織物です。
並べて呼ばれた、二つの名
「西の西陣、東の桐生」。桐生は、日本の織物を代表する二つの町のひとつとして語られてきました。
西陣織(vol.22)は、応仁の乱で散った織手が戻ってきて生まれました。桐生は、逆に、西陣から技術を学んだ側です。
江戸中期に西陣から高機(たかばた)の技術を導入し、さらに近代にはいち早く洋式の力織機を取り入れました。
学ぶことと、変えることの両方をやってきた町です。
七つの技法が、ひとつの名前に
桐生織の大きな特徴は、七つの異なる技法をまとめて一つの工芸品として指定されていることです。
お召織、緯錦織、経錦織、風通織、浮経織、経絣紋織、綟り織。
普通、工芸品の指定は「このつくり方であること」を条件にします。結城紬(vol.38)は三つの条件をすべて満たす必要がありました。
桐生は逆に、「この町で織られているもの」をまるごと含めています。
これは、桐生が幅の広い注文を受けてきた町だからです。帯、着尺、ネクタイ、ジャカード。時代に合わせて何でも織ってきました。
岐阜の美濃焼(vol.26)、茨城の笠間焼(vol.38)と同じです。「何でもつくれる」こと自体が、ひとつの性格です。
絣という、普段着
伊勢崎絣は、あらかじめ染め分けた糸で模様を出す織物です。
大正から昭和初期にかけて、普段着の着物として全国に広がりました。埼玉の秩父銘仙(vol.36)と同じ時期、同じ層に向けた産業です。
北関東は、日本人の普段着をつくっていた地域でした。
なぜこの地域なのか。答えは養蚕です。富岡製糸場をはじめとする絹産業の集積地で、糸が目の前にありました。
新潟が麻(vol.33)、福井が眼鏡(vol.30)だったように、産地はその場にあるものから始まります。
よくある質問
Q. 「絣(かすり)」とは何ですか。
A. 織る前の糸の段階で、模様になる部分を染め分けておき、織り上がりに模様が現れるようにする技法です。輪郭がわずかにかすれて見えるのが名前の由来とされます。
次号からは東北へ。まずは福島です。
参考:群馬県、桐生市、伊勢崎市、伝統的工芸品産業振興協会
——Value Village編集部




